人物画は、共同作業。画家と美術モデルの関係

画家

自分が、何らかの形で作品そのもにになると、
絵画や彫刻、写真や映画など「作品」という形
で後世に自分の存在が残りま。

もし未来に、僕の中性的な姿が絵画として残っ
ていたら、どんな評価を受けるのかな。

生き素材の美術モデルは、生身の身体を作品作
りに提供するのですが描き手との関係は、どん
なものでしょうか。

少なくとも単なる「素材」ではありません。

 

自分が作品になるのって、どんな気持ち

絵画

デッサンやクロッキーの場合は、作品というよ
り練習。習作なので出展されることはありませ
ん。あくまで個人的な範疇になります。

出展されなくても個人的な「作品」というのも
あります。頼まれて描いた物もそうですね。

そうした僕を描いた作品は、少なからず何処か
に存在している訳です。

どこかで誰かが「もう一人の僕」を鑑賞してい
ると
思うと、う~ん、何と表現していいのやら
・・・
正直、よくわかりません。

中性的な裸体を見て「これ女?男?」だったり
「ジェンダーレスで不思議な雰囲気ね」とか。

中性的雰囲気を活かして性別不肖な感じのポー
ズを描いた作品が多い中で、神話の世界を題材
にした古典的な絵画もあります。こちらの場合
は、中性的だけど男性だと分かっちゃいます。

「あ、これ、あの両性具有の彫刻みたい・・」
ギリシャ彫刻の題材、神話のヘルマプロディー
トスの事ですが、僕の中性的な感じについて、
そこが話題になります。

ここで紹介した感想の一部は、アトリエに展示
してあった「僕をモデルにした作品」を鑑賞し
ている人の、横や後ろで聞いたものです。
意外なことですが、僕だと気付かれたことは、
滅多にありません。不思議ですね。

こうした体験を基にして、題材にされた自分
客観的に知ることができたのですが、どう
も描かれ
た本人はピンとこない。

描かれている時は、集中していて「無」な状態
なので、そ完成した作品を見て初めて、
ふ~ん。僕って、こんな雰囲気なのかな・・・

ちょっと恥ずかしい様な気もするけど、優越感
も少し感じますね。

褒め脱がし?優越感という媚薬

ランプに照らされたアカデミー

ライト・オヴ・ダービー「ランプに照らされたアカデミー」
オルセイ美術館所蔵(トリミング有り)

 

因みに僕の活動は、かなり限られた範囲です。
あるアトリエをベースにして、その親しい関係
の中でのみ、モデルをしています。

なぜ本格的にやらないのか?
だって恥かしいもん!

そう簡単に人前では、脱げませんよ。

多少は慣れてはきましたけど、やはり人前に肌
を晒すのは、勇気がいります。

僕の場合、半ば強制的にモデルを勧められたの
ですが、試しにやってみたら意外と好評で、褒
められてその気になった(させられた?)
性格的に断れないせいもあるけど、御指名を頂
くとなんとなく特別な感情も湧きます。

在りのままを褒められて求められると
「しょうがないな」となる。

女性だったら「え~」と言いつつ実は、嬉しい
みたいな感じかな。

在りのままを褒められるというシチュエーショ
ンは滅多にないことです。

今、行っている数ヶ所のアトリエでは、僕の価
値を評価してくれるし大事にしてもらえるので
こんな僕でよければと、身を捧げています。

人って、必要とされる。つまり認められるとい
うのは、最大のモチベーションになります。

貴方を描きたいと言われたら、悪い気はしませ
んものね。まして、あなたの、在りのまま美し
さを表現したい。

そう言われたら心が揺らぎます。

プロのカメラマンが、そうであるように芸術家
褒めて脱がすのが上手なのかもしれません。

 

人の身体は、天然の芸術作品

fibonacci

画家が人を描きたいと言ったら大抵「裸体」で
す。人間本来の姿は裸です。

造形美として人間を観察しながら、自然の完成
した作品である「人体」を模写する。それは、
どんなに技巧を凝らして描いたとしても本物の
肉体には敵いません。

古代ギリシャでは、神の姿に近づきたくて、
神の
作品「人間」をよく観察しました。

裸体は、一見シンプルだけど実に緻密で複雑な
形状です。その途方もない情報を限られた時間
で描くのですから焦ります。

しかし誰もが芸術作品とはなれないのも事実。

「人」が神の作品なら本来は、完璧なはずです
がスタイルには、良し悪しがあります。
美の定義には、しっかりと法則があります。

その「美」の前提として「健康体」であること

誰もが「神の作品」だけど、美意識から見て評
価される作品になるには、ある程度努力も必要
だし生まれ持った素質も絡んできます。

美しく見える身体には、様々な身体のパーツの
黄金比などの、美しく見える法則が数値と
して隠れています。

そして肌の色やキメ、肉質など様々な要素が絶
妙にブレンドされ、最後にその人の持つ内面が
「雰囲気」として隠し味として裸体ににじみ出
るそうです。

評価される作品」は、裏付けがあるんですね

 

美の法則が創作意欲を掻き立てる

アトリエの雰囲気2

僕は、個人や小規模なデッサン会でモデルをす
る事が多いです。写真は、実際のアトリエでは
ありませんが雰囲気は、こんな感じですね。

デッサン会だと20~30人だけど、一人また
は数人規模で、落ち着いてじっくり描かれるケ
ースの方が多いし、僕も安心できます。

そんな中で、いつも御注文?頂いている画家さ
んは「さて、今日も鑑賞させてもらうよ」
と、この様に言って描き始めます。

ちょっと風変わりなオジイサンで、今は趣味み
た感じで、気ままに絵を描いているそうです。
一見怖そうなんですが(ちょっと厳しい)とて
も優しく、品があるのにオチャメな発言が場を
和ませてくれます。以後K爺と呼びます。

独り身で自宅の離れをアトリエにして散らかし
放題です。所狭しとキャンバスやら画材やらが
無造作に置かれています。
たまに絵を教えているのか、場所を貸している
のか、そこで絵を描いている人が数人います。

K爺に初めて会ったのは、僕のモデルの仕事を
コーディネートしてくれている女性のアトリエ
でした。その時は着衣でしたけど、繁々と僕を
見て描いてみたいとモデルを頼まれ、それ以来
御贔屓になっています。

初モデルの日。僕は、申し訳程度に置かれた衝
立の陰で服を脱ぎ、指示された場所に立ちまし
た。

「とりあえず、そのまま気を付け。」
直立した状態の僕をK爺は、近づいたり離れた
り色んな角度から腕を組んで観察します。
そして長い定規やメジャーで寸法を測ります。
(何してるんだろう?)
構図を考えている様に思ったけど、それにして
は念入りです(20か所以上も計測)

緻密に各部位を観察して描く美術解剖学という
のがあるけど、そんな雰囲気です。

「やはりそうか。ふん、ふん。」
K爺は、ノートに僕から採寸した数値を書き込
み算盤で計算しています(レトロ!)

「お前さん、黄金比だよ。いや、珍しい。」
そう言うと、腕を組んで僕を眺めます。

身長から求めた理想値との適合率が99.5%
自分でもビックリしました。

オマケで女性の美しさを測るトルソバランスは
ヒップ正面がやや狭い以外は理想値。
(どうりで女っぽい訳だと笑っていた)

「ピンと来たんだよ。ボクの目に狂いは無かった」
と、嬉しそうです。

美しさには、ちゃんと自然界の法則が働いている
それがK爺の理論らしい。

創作のスタートは、インスピレーションです。

多くのモデルをデッサンしている人でも、本気
で「作品」に仕上げたいと思えるモデルに出会
うのは、偶然の産物。風景にしても人物にして
も描きたい対象であるかどうかが大切みたいで
すね。

 

脱いで表現するモデルと模写する画家

緊張するモデル2

なんとなく、描く画家の方が偉い気がするのが
普通の感覚ですよね。
無抵抗に身体の隅々まで観察されるのですから
多少は、サディスティックな感覚でも不思議じ
ゃない。

僕だって、人前で肌を晒している間は、なんと
なく「ドM]な気分。
描き手が「S]でもしょうがないかと思う。

その点、K爺は、なんとも飄々(ひょうひょう)
とした感じ。天真爛漫と言えば分かりやすいか
な。

K爺のモデルをしていると、一瞬自分が裸なの
を忘れるほど自然に接してくれます。

それには、ちゃんとした理由があるそうです。

裸だからといって、いつも同じ雰囲気とは限らない

同じモデルを描いて飽きないかと思った時、K
爺に聞いたら「裸でもその日の気分や体調、気
温や湿度
描く相手によって変わるんだよ」との
こと。

不安があれば、それが出る。嬉しければイキイ
キ。だからリラックスさせて本来の姿を引出す
そうだ。

「ただ脱げばいいってもんじゃない。モデルっ
てい
うのは、己の肉体で自分の個性を表現する
んだよ」

裸は、肉体的な個体差だけじゃなくて、その人
本来
の様々な雰囲気を一番表すそうです。
そういう雰囲気を含めて創作意欲を掻き立てる
裸体があるそうです。

そして「色気」これが大切な要素。

男女にはそれぞれの色気があります。これが無
きゃ裸を描く意味がないとも言っていました。
僕の場合、どちらにも媚びないが惹きつける不
思議な色気があるとのことです。

まずは魅力的な裸体を見つける。そして鑑賞す
る。
その「作品」に近づこうと意欲が湧き出る

結局どんなに描いてもオリジナルには勝てない
それを分かっているのに追い求めてしまう。
そもそも「独創性」なんていうのはチャンチャ
ラおかしい。全ては模倣に始まり模倣に終わる
「そうなんだよ」いや、僕にそう言われても

お前さんがオリジナル。ボクは、真似るだけ

でも人生の大先輩に言われると納得感がありま
す。

 

まとめ

画家とモデルの関係・・・変なこと期待した?

そういう話も実際芸術の世界では無くはないで
す。美術モデルは、嫌でも内に秘めたエロス全
開だからそれは無理もないこと。そういう目線
で見られても仕方ないのは承知の上です。

今回伝えたかったのはモデルと画家の立ち位置

これは、完全に対等なのではと思っています。

紹介した画家K爺は、笑顔で、お前さんが
「上」と卑下していますが、モデル有っての画
家、画家有ってのモデルではないでしょうか。

脱ぐという行為は宗教的な思い込みでネガティ
ブな印象が付きまといますけど、そもそもは尊
い命という期間限定の「芸術作品」です。

その姿を「模写」してくれるのが画家です。

描きたいと見初められるというのは光栄なこと

画家の創作意欲を掻き立てるモデルになれるよ
うに心身を磨いていきたいと思います。

 

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