恥ずかしい!美術解剖学デッサンのモデルは、まな板の上の鯉

人間・骨格

美術解剖学。普通の人には、聞きなれない言葉
かもしれません。

デッサンを深く学んでいくと「見た目」だけ人
体をトレースするだけでは、ちょっと物足りな
くなります。もっとリアルに!という気持ちか
ら解剖学の専門書を見ながら人間の構造に興味
を持ち始めます。

骨格や筋肉、内臓といった見えない部分まで意
識して描くと、俄然画力がアップします。
解剖書片手にモデルさんを観察して描く訳です
が、描くほうはいいのですけど、このモデル、
なかなか大変です。

イメージとしては、冒頭のイラストそのもの。
生きたまま解剖されているみたいで結構、複雑
な気分です。

描く側も、描かれる側も、人間本来の姿という
ものを深く実感できる美術解剖学デッサンのお
話です。

 

人間って、中身は気持ち悪い

内臓スケルトン

スプラッター物の映画でなくても、例えば手術
シーン。アレ、だめなんですよ~という人が多
いのではないでしょうか。
中には、内視鏡の画像もイヤだという人も居ら
っしゃいます。

まあ、内臓や皮膚を剥いた姿が好きという人は
なかなか居ないと思いますけど、よ~く考える
と、僕たち人間は、薄い皮膚一枚で、それらの
「気持ち悪い」物から隔てられているだけなん
ですよね。

レントゲン写真を撮ってもらうと、自分の骨格
を再認識して「ふ~んこんななんだ」と奇妙な
感覚になりますよね。

医者でもない限り内臓までは普段目にしません
けど、医大で解剖の経験がある人に聞いた話し
だと、正直気色悪いそうです。
ただ、勉強の為に淡々と物の様な感覚で解剖し
てスケッチをしたりする。だんだんそれがマヒ
してきて、気が付くと何ともなくなる。

ハッと我に返った瞬間、それが死体とはいえ、
人間だったと思うと複雑な心境になると言って
いました。やはり動物なんかとは違って独特の
雰囲気だそうです。

出だしから気色悪い話しですみません。

でも、どんな美人でもイケメンでも、薄皮一枚
めくれば気色悪いのが人間というもの。
ましてその内部は・・・

そして、太った方の場合、絡み付く脂肪・・・
表面からは、見えないので気にしてないと思い
ますが、もし皮膚が透明だったら!

思わず絶句です。

 

目や口は、内臓の一部!?

もっとエグイ話し聞きたいですか。
でも、やめときます。興味のある人は、美術解
剖学の本や医学書を見て見て下さい。
身近で意外と知らない「人体」の不思議に触れ
られると思います。

ところで、内臓とかはチョット・・・という方
でも、人の顔は普通に見ますよね。

そこには、目や口や鼻があります。

当たり前やんか。と、怒る前に、その中に内臓
の御仲間が居るのご存知ですか。

そう、目玉と口です。正確には口を開けた時に
見える部分。しかも歯という骨の一部もはっき
り見えます。よく考えればベ~と出す舌だって
立派な「臓器」です。

人間の身体は簡単に言うと筒状臓器だそうです

腕や脚や頭があるから超複雑な形状に見えます
けど、基本は口から肛門までの「筒」なんだそ
うです。口が、出口の一方だと思うと微妙な気
もしますがそうなんです。

目玉なんか、眼球周囲の筋肉と末端の神経線維
や血管で繋がって眼窩に収まっているだけなん
ですよ。

そう思って目や口を見ると、変な感じですね。

「誰だって身体の中身は気持ち悪い」

これ、案外気にしないけど真実なんですよね。

 

美術解剖学デッサン。モデルは、まな板の上の鯉です

ファインダー・後姿のヌードモデル

僕は、美術モデルを始めて2年弱になります。
人前でスッポンポンになるのは、今でも羞恥心
は完全に消えませんが、モデルとしては多少自
信を持ってポーズをとれる様になりました。

以前の記事中でも書いたと思うのですが、人は
裸になっても皮膚という個性的な服?を着てい
ます。動物の毛皮のツルツル版だと思えば、そ
れが恥ずかしいのが不思議なくらい。
恥の概念は、人間特有の感覚ともいえます。

裸と言えば「皮膚」と思いがちですが、その人
の形状を決めるのは中身なんですね。

身体の形状を左右しているのは、骨と筋肉。

いわゆるお肉は、筋肉の一種です。その上に脂
肪がのり、皮膚が被さって人間的な見た目にな
ります。内臓は、どんなに太っても胃袋が拡張
するくらいで実はそんなに大差がありません。

美しい肉体を維持するうえで重要なのは、骨格
と筋肉、それと必要に応じて皮下脂肪の量が決
め手となります。

骨格は、さすがに変えられないので、見た目の
雰囲気は、生まれ持ってのもの。裸だと脚や腕
を長く見せたり背を大きく見せたりの小細工は
一切できません。そこが個性の基礎になる。

筋肉や脂肪は、鍛え方や食生活で変化させられ
るので裸の個性で唯一作れる部分です。

服と言う装飾が無い状態で、人様に見せられる
身体を作り維持するには、こうした内部の事も
理解しないといけません。

筋肉質にガッチリにしたいのか、スリムに引き
締めたいのか、或いは僕の様に、ほどほどソフ
トに中性的にしたいかによって筋肉の鍛え方や
付け方が変わります。

食生活や生活習慣でも美容には大きく関係して
きます。角質の水分量、毛細血管まで行き渡る
綺麗な血液。メラニンの生成を抑えるとか、コ
ラーゲンをとる食事を心がけるとか、皮膚の健
康を保つためでも色々あります。

ヌードモデルは、全て見られるので、ボディー
ケア一だけでなく食生活や生活習慣まで一切の
手抜きが出来ません。

まず外見(裸体)以前に内側に意識することが
重要なのが解ります。

 

解剖学デッサンのモデルは、普通のヌードモデルと全然違う

ダビンチ解剖手稿

美術解剖学デッサンというのは、ある程度の専
門知識にプラスして、そうとうな忍耐力が必要
となります。

僕の場合、本格的な美術解剖学デッサンは今回
が初めて。顔見知りで先輩でもある女性モデル
に誘われて、しかも珍しくアウェーでの参加で
した。オール知らない描き手達。しかも若い子
中心です。通常のモデルでもチョット緊張する
感じです。

モデルとしては、いつも通り裸になり様々なポ
ーズをとるのですが、高い台の上だったり、長
テーブルに仰向けやうつ伏せになったり、ポー
ズのとりかたもけっこう細かいです。

そして・・・距離がメチャ近い!

もう、超至近距離で、スケッチブック片手に取
り囲まれて、思うままに僕の身体を細部に渡っ
て観察され描かれます。

気分は、手術台の上?いや、まな板の上の鯉

なんだかすごく周囲がサディスティックな感じ
に思えゾクッとしました。

始まると、時には、解剖学の本を見ながら先生
が僕の身体を動かし、筋肉の稼働域や骨の動き
を示しながら説明します。

ホワイトボードの前で、人体模型みたいにポー
ズをとって筋肉や骨の関係を見たり、関節の動
きなんかでは、ちょっと恥ずかしいポーズもあ
るので、正直僕は嫌でした。

普通のヌードモデルでも大事な部分は当然丸出
しなんですが、仰向けの姿で近くで見られたり
するのは今までにない体験。

でも、ヌードモデルである以上、しれっと何で
もない風を装って淡々とこなします。

事前に多少は聞いていたのですが、いつものモ
デルとは全然違います。
物は試しと、引き受けててはみたものの勝手の
違いに右往左往(なすがままか・・・)
先輩モデルが時々フォローしてくれますけど、
そちらも大変なのは変わらないので、頑張って
やるしかありません。

そんな感じで丸一日。
なかなかハードです。

 

観察され、触れて頭の中で解剖される

時には、筋肉や骨を確かめる様に生徒が触れる
事もあります。これがくすぐったく、耐えがた
いものがあります。

僕は、描き手としてのこうした体験は無いので
すが、確かに腕や太もも、腰など、肉の厚い部
分では実際に触れると、その構造が解りやすい
といいます。

でも、触られるほうは、大変です。

脛や腕は、まだいいのですが、太ももとか股関
節、腰まわりを触れられるとついゾクッとしち
ゃいます。まして、脇腹や肋骨は、それでなく
ても弱い部分なので、恥ずかしさを通り越して
苦悶するしかありません。

僕に群がって、遠慮なく触れたり内部を想像し
ながら描
いたり、それはまるで生きたまま解剖
されている気分。

もちろんこうしたことは、事前に承諾の上なん
ですけど、ジッと耐えながら触られるあの感触
は体験した人でないと解らないと思います。

そんな具合に、超至近距離で、解剖図と照らし
合わせながら、実際に「生」の人体と比較して
僕の身体を透視する様に骨や筋肉まで描いてい
きます。

「骨はもっと奥なんだ」「ここの筋肉は、こっ
ちまで繋がっているんだね」「そっか、アレっ
てこういう風に生えているんだね」と、会話交
じりで触れたり描いたり。

後で見せてもらうと、表面の描写は、部分的だ
けどいつもの数倍丁寧に精密な描写。そして内
部の筋肉や骨を想像して描いた描写には、思わ
ず、う~ん、気持ち悪いと意気消沈。

凄い人なんか、内臓まで薄らリアルに描きこん
でみたりするので、僕の様で僕じゃない感じ。

美術解剖デッサンでは、せっかく手塩にかけて
手入れした表面は二の次。ちょっと残念な気分
にもなったりもします。

 

人間って生々しい物

美術解剖デッサンでは、同時に性差についての
比較なども行われるケースもあります。
もちろん今回も男女で参加です。

女性モデルとのWポーズも、回数を重ねてきた
ので、多少は慣れてきたのですが、女性モデル
が居ると緊張します。

えっ、なんでかって。
そりゃ、中性的とはいえ僕も男の子です。生身
の裸の女性を間近にしたり、触れ合うポーズだ
ったりするとドキドキします。もう、普段以上
の集中力が必要です。

それでも通常のデッサンでは、どうにか耐えら
れるというかポーズに集中する割合が高いので
意外となんとかなる。

でも解剖学デッサンだと、じっと動かないとい
うより、短時間の静止が多いので嫌でも女性モ
デルが目に入ったりします。しかもその性質上
通常は隠れた部分が見えちゃったり・・・

読者が男性なら解りますよね。
極度に緊張しているので自分でも気の毒なほど
萎縮しているのですが、無意識な微妙な変化は
避けられません。

女性のために補足すると、男性のアレは、性的
な興奮が無くても温度差やその他の生理的な反
応でも常に微妙に変化しています。

どんなにシレッとポーズをとっていても時には
部分的な生理的変化は、中性的で女性みたいな
僕でも仕方がないこと。
それもまた自然なのです。と、言っても本人は
気が気じゃありません。

もちろん真面目に真剣にヌードという仕事をこ
なしてはいるのですが、客観視すれば、赤裸々
な姿を余すことなく見られているという状況は
ある種異様な状況です。

自分だけならまだいいのですが、同様の比較対
象がそばに居ると(うわ、あんなポーズとらさ
れるんだ・・・)と思わず身構えてしまう。

やっぱり普段服で隠されている人間のヌードっ
て、改めて生々しいものに思えてしまいます。

 

イヤというほど観察される

双眼鏡で見る

普段モデルをするときは、裸ではあっても芸術
的な感じが漂うので、僕自身も自然の芸術作品
だと意識しています。
描き手もモデルも、どことなく優雅な雰囲気に
感じられます。

そこには、根源としてはエロが溢れ隠れしてい
るのですが「芸術」の一言で違う空気に支配さ
れています。

そんな空間で自分のヌードを披露するのは、慣
れるにしたがって自分自身が完成した作品とし
て鑑賞されると、優越感に似た感じもします。

ところが、美術解剖学デッサンでは、同じヌー
ドモデルでも、そこには芸術というより自然科
学的な人体実験の雰囲気になります。

描くというより、観察が主体。それも執拗なく
らい丁寧に。

もちろん、僕たちモデルが恥ずかしい思いをす
ることで人体の構造を深く学べるので貢献度は
感じますけど、ちょっと複雑な気分です。

人としての尊厳が希薄?になる気がする

もちろん、そのような事は無いのですが、物理
的に嫌でも見られる側は、居たたまれない気持
ちがこみ上げきます。

例えば、仰向けになっ多状態で、周囲を囲まれ
て脚や腕をまげたりさせられながら観察される
時、なんともいえない気持ちです。

股関節の稼働域を見る場合は、嫌でも性器がク
ローズアップ。そこだけを見ている訳じゃない
けど下腹部全体の筋肉の動きや骨の状態を見る
と性器もその一部に含まれてしまいます。

だんだん「え~いどうにでもなれ」と、少々投
げやりに好きにしてって気分にになります。

それに美術解剖デッサンの時は、普段絶対やら
ない様な恥ずかしいポーズが付きまとう。

どんなって?例えば四つん這いで片足を上げて
伸ばしたり、開脚したり・・・

本当に必要なのか?と思うくらいです。
もしかして・・・なんて思うと事もありますけ
ど、周囲はいたって真面目なのが救いです。

幸い、全身の無駄毛を徹底的に処理していたお
かげでアンダーヘアは、上側に申し訳程度に控
えめに生えている程度。変な感じだけどある意
味自信を持って見せられる(みせたくはないけ
ど)ほどお手入れはしています。

普段はそこまで気にしていなかったけど、こう
いう場面で役に立つとは意外でした。それに若
い女子が小声で(ねえ、この人アレすごく綺麗
だよね)と囁いているのが耳に入ると、やって
おいてよかったと恥ずかしいポーズをとりなが
らも妙な自信が湧いてきました。

しかし、いくらお金を貰っているヌードモデル
だとはいえ、あの無遠慮な感じは、ちょっと凄
いものを感じます。

誰かがやらなければいけないと思うと、やりが
いも無くはないけど、モデルのメンタルとして
は、かなりキツイものがあります。

もっとも、みなさん真面目に僕の身体を観察し
て学んでいますし、ちゃんと人間として扱って
くれているのでしょうけど、見つめられる側に
なってみると異様な感じです。

モデルとして人前で散々脱いできましたけど、
これは慣れるという気がしませんでした。

描き手さんにとっては、観察対象ですが、モデ
ルは生身の人間です。平然と脱いでいる様に見
えますけど、けっこう苦労して「裸体」を提供
していることを頭の片隅に入れて頂ければいい
なと思います。

 

まとめ

美術解剖学デッサン・・・

なんとも、おどろおどろしいネーミングですが
リアルに人間を描きたい人にとっては、とても
有り難いセッションです。

人間の構造をしっかり学べば、より自然に人間
を描けます。そのために美術モデルは、惜しげ
もなく人前に肌を晒しているのですが、通常の
デッサンと違って美術解剖学デッサンは、モデ
ルにとってハードな仕事です。

仕事と割り切ってこなしてはみましたけど、僕
自身の感想としては「あまりやりたくない」で
した。

脱ぐという行為は同じなのですが、怖いほど間
近で観察されるし、身体を触れられたりと、こ
のシチュエーションは、正に動物実験。

同じ脱ぐでも全然違う体験でした。

 

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